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真理の霊が来る

真理の霊が来る
大坪章美

ヨハネによる福音書 16 章 1-13 節

きょうお読み頂きました16章は、イエス様が、やがて、弟子たちとキリスト教徒に襲いかかって来るであろう迫害を慮ってのお言葉が記されています。イエス様が地上で活動されていた頃、或いは、天に昇られてしばらくの間は、キリスト教徒は未だ、比較的安全でした。その当時、キリスト教徒も、ユダヤ教の一分派と見做されておりましたので、ユダヤ教の特権に与っていたのです。その頃、ユダヤ教徒であって、キリスト・イエスの福音を信じる者たちが大勢いました。キリスト・イエスの福音を信じている、と言いながら、実際は、モーセの律法を頑なに守っている人々です。割礼を施し、安息日を守り、食物規定を守っている人々です。然し、このままでは、キリスト教はやがて、実体を無くしてしまい、ユダヤ教の中に埋没し、跡形も無く消え去ってしまうでしょう。

パウロが、このような状態に、危機感を募らせない訳がありません。パウロは、ユダヤ総督のフェリクスの前で、「ユダヤ教のナザレ派」と言われることを明確に否定して、「彼らが、『分派』と呼んでいる、この道」に従って歩むことを宣言したのです。

この時こそ、真の意味で、「ユダヤ教ナザレ派」から、キリスト教に独り立ちした日と言えるでありましょう。

16:1節でイエス様が仰った「これらのことを話したのは、あなたがたをつまずかせないためである」というお言葉の中の、「これらのこと」の中には、15:26節で話された、「わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、即ち、父の許から出る真理の霊が来るとき、その方が、わたしについて証しをなさるはずである」という約束が含まれています。

イエス様は、既に、ご自分が天に昇られた後、弟子たちがユダヤ人たちに迫害を受けることが分かっておられました。イエス様は、ユダヤ人たちのこのような迫害行為の原因を、「父をも、わたしをも、知らないからである」と言っておられます。イエス様は続けて、弟子たちを励まされます、7節です。「しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。」と話されました。

それでは、イエス様が天に昇られて、父なる神様の許から弁護者、即ち真理の霊が弟子達の所に来ますと、何が、「弟子達の為になる」と仰っているのでしょうか。
イエス様は、弁護者、即ち真理の霊が弟子たちのところに降った時に果たされる、役割を述べられました。その役割とは、「罪」と「義」と、「裁き」の三つについて、世の誤りを正される、というのです。

まず、ひとつめ、「罪」についてです。罪とは、「世の人々が、キリスト・イエスを信じないで、心を閉ざしていることである」と言われています。ユダヤ人たちは、五旬祭の日、つまり、ペンテコステの今日、聖霊が弟子たち一同に降った後、ペトロとほかの使徒たちに、「『兄弟たち、わたしたちは、どうしたらよいのですか』と言った」と記されています。

次に二つ目の「義」についてです。イエス様は、「わたしが父の許に行き、あなた方が、もはやわたしを見なくなる事」と仰っています。この「十字架につけられたユダヤ人が神の子であると、人に確信させるものは何か」と申しますと、それが聖霊の働きなのです。

最後、三つ目は、「裁きについて」です。聖霊は、「何が裁きであり、だれが実際に裁かれているのか」を明らかにします。裁かれて殺されたかのように見える、キリスト・イエスが、まさにその十字架の死において、この世と、その本来の支配者である悪魔とを征服されたのでした。神に対する畏れを人に感じさせるものは、何でしょうか。裁きがあると、人に確信させるものは何でしょうか。それは、聖霊の働きによるのです。

そして、イエス様が復活されて50日目、弟子達の上に聖霊が降りました。ペンテコステ、聖霊降臨です。まず、ペトロが立ち上がって、初めての説教を語りました。聖霊を受けた弟子たちすべてが、力強く、主を証しし始めたのです。わたしたちも、聖霊に力づけられ、主を証しし続ける者でありたいと願っています。

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