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なつめやしのように

なつめやしのように
三枝禮三

コリントの信徒への手紙二 5 章 14-15 節

詩編92篇13節は、捕囚後の詩篇です。「神に従う人はなつめやしのようにしげり」と詠われています。どういうことでしょう。私の聖書には赤鉛筆で「キリスト教綱要III巻2章17節」と落書きされています。カルヴァンの著書です。改めてそこを開いて読みました。こう書かれています。「これは、まことに、なつめやしの木のようであって、どんなに重荷を課してたわめても、またもとのとおり真直ぐになるのである。」まさしく捕囚の暴風の中でたわめられて絶望に瀕していたイスラエルの民が経験した捕囚からの解放でしょう。次の、「レバノン杉のように聳えます」も、なにも見えなくとも、なお遥かに見晴るかして、彼方の望みに生きる信仰のことでしょう。

ヘブライ人への手紙では、「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認すること」と前置きし、その模範としてアブラハムとサラを挙げています。信仰によって、不妊の女サラは、高齢だったのに子をもうけ、死んだも同様な一人の人から多くの子孫が生まれた。アブラハムも、信仰によって献げたイサクは、「イサクから生まれる者が、あなたの子孫と呼ばれる」と約束されていたその一人子だった。つまり、アブラハムは神が人を死者の中から生き返らせることがおできになると信じたのだ、とあります。

その彼らの模範に倣って、わたしたちも、信仰によって、望むべくもあらぬときにもなお望んで、喜ぶ者でありたいものです。

コリントの信徒への手紙?5:14「なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。」

口語訳では、「何故なら、キリストの愛がわたしたちに強く迫っていたからである。」となっていました。ここに用いられているギリシャ語の、「スネコー」という言葉は、周り中を取り囲んで四方八方から押し迫ってくる様を表わしています。ジャン・カルヴァンも、その神の愛に迫られた人です。福音主義信仰の筋道を書いたキリスト教綱要が大反響を呼び、彼はお尋ね者としてストラスブールに逃れました。しかし、半年間だけ、亡命者の帰還を許すという勅令がでました。そこで、カルヴァンも、パリに残してきた弟と妹を連れに行き、帰途、故障があってやむなく迂回して、スイスのジュネーブに一泊だけしたその夜でした。協力を求めて待ち構えていたのが、ジュネーブの宗教改革者ギョーム・ファレルです。カルヴァンは断りました。「私は弱くて、臆病な人間です。宗教改革などという激しい運動には不向きな人間です。背後での静かな研究生活を通してお役に立てればと願っています。」ところが、ファレルは、「こんなにお願いしても、自分の弱さや好みを口実にして主の戦いから手をひくと言うのなら、そんなあなたの研究や安穏ななど、主が幾重にも罰して下さるように!そんなあなたの平和は、詛われてあれ!」と迫りました。「脅迫です、脅迫です」と言いながらも、カルヴァンは、「おお、主の愛、われに迫れり!」と悟って、ジュネーブの宗教改革に挺身していきました。主の愛に迫られたカルヴァンの宗教改革があったからこそ、ウィッテンベルクで始まったルターの宗教改革も完遂し得たと言えるでしょう。

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